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Whoops! Lasik!~レーシック手術の落とし穴

レーシック手術を受けた経験から、レーシック手術の落とし穴を語ります。レーシック手術を考えている人は参考にしてください。

死を意識しながら生きる

 死を意識して生きていますか?何の問題もなく生きている人、問題があってもその対処がうまい人は、死を意識して生きることはないと思います。あるとすれば、お葬式の時とか、医師の仕事をしていて日々人の死を目の当たりにするかとかそんなところですよね。

 

 でも、こんなにも症状が辛く日常がうまくいっていないと、自然と自死すべきか悩むときがあります。生きていて意味があるのだろうか、その先に何があるのだろう。そんなこんなで結局は生きていますが、日々「死」が意識されています。ネットやツイッターを見ていると、うつ病で死を考える人へのメッセージ画像とかよくあるので、自分なりに「死」ってこんな感じで意識するというのを伝えたいと思います。

 

 皆さんは、ランナーです。一生走り続けるランナー。だって、はるか彼方に自分の望む景色が広がっているから。走り続けるのはものすごく辛い。でも、その景色目指して走る。たまには、水や食料を差し入れてくれる人がいるでしょう。楽しいしうれしいですよね。ときには、一緒に並んで走ってくれる人がいるでしょう。辛くても走ろうって気になりますよね。でも、ふとした時、視界に「黒いもの」があることに気づくんです。そう、視界の上部です。「これなにかな?」と思いつつも走ります。走ります。

 

 いつからでしょうか、視界上部の「黒いもの」があることが当たり前になってきます。でも、気づいていますか?少しずつ「黒いもの」が目の前に下がってきていませんか?これが「死」という壁、シャッターです。走り続けるには邪魔です。降りてきたシャッターをいちいちくぐって進まなきゃいけない。でも、まだ遠くにいい景色が広がっているのが見える、一緒に走ってくれる人が見える、たまに水や食料が差し入れられるから走ります。

 

 もう、シャッターをくぐる作業が当たり前になっていませんか。走り続けて、目の前に見えるのは黒いシャッターばかり。最初に見えていた景色はどこへいったのでしょう。確かに、このシャッターの向こうにあるはずなのに。なんか、くぐるのもしんどくなってきませんか?走るだけでも辛いのに。もういっそのこと、シャッターを自分で閉めて、そこで走るのをやめればいいじゃないですか。一緒に走ってくれてた人はシャッターの向こうから手を差し伸べてくれている。でもだめ、見えないんですよ。

 

 このまま、シャッターを閉めればそれは「死」です。自死。こんな感じで常に死が視界に入っているんです。あぁこれを下せば楽だな。なぜ、向こう側に走るんだろ。そう思っても頑張って走らなきゃと思う自分もいる。後者の自分が勝つから、無理やりシャッターをあげてくぐって走る。毎日これの繰り替えし。

 

 うつ病でも、病気の後遺症でもなんでもそうですが、一度死のシャッターが見えてしまった人は、一生「死」と離れることはできないんだと思います。ただ、日常が良くなって、シャッターを上げる量が減ったり、くぐるのが楽になるだけで、シャッターが上から降りてくることはもう知っちゃっている。ただ、対処の仕方がうまくなるだけ。一度も、自分の走る道にシャッターがあるなんて気づかない人は一生気づかないです。でも、一度気づいちゃうと一生一緒なんです。

 これが、死を考えたことのある人とない人の違いかなと思います。気づかないに越したことはありませんが、気づいてしまったんです。この状態で生きていくしかないですね(もちろん、上記は「例え」なので気づいた人がえらいとか、気づかない人が…とかないですよ)。

 ただ、気づいていない人は、どうして走るのがそんなに辛いの?むこうにいい景色が広がってるじゃん?って言葉を投げかけることはあるでしょうね。こうして、無理して走っている人の心にもっと負担がかかります。悪気がないけれど、自分の言葉や態度で、他人のシャッターを下ろしていることがあるんです。

 

 自分は、不幸にもレーシック手術によって後遺症を負って、考えたくもない死について日々考えざるを得ない頭になってしまいましたが、こんな状況がわかったからこそ、他人への言葉は選んで、本当の意味で共感しようと思いましたね。走るスピードも、シャッターのおり具合も人それぞれ。100%同じ気持ちを理解するという共感はあり得ない。「私にもあなたの気持ちわかるよ」なんてことは絶対ない。辛さはわからないんです。でも、分かってあげたい。すべてを受け入れるんです。それが私の考える共感ですね。

 

 自分でもこんなクサいことなんで書こうと思ったんでしょうかね。まぁ本当に現状が辛いからなんですね。本当につらい。でも何とか生きていきます。他人へのやさしさを得ることができたので、レーシック後遺症から立ち直ればきっと最強の私が出来上がっていることでしょう。そうなればもう私に欠けるところなんてなーんにもないですなハハハハ。

 はぁ、身長高くならないかな。イケメンにならないかな。年収1億にならないかな。人から尊敬されるような活動をして社会的に評価されないかな…ってな感じで実際不完全な私ですが、今後もレーシック手術自由診療の闇について語っていきたいと思っています。あ、そういえば他者への言葉は選びますが、クソレーシック医師に対しての言葉は選びませんよ。彼ら人間じゃないんで。こんなおぞましいこと絶対にいうべきじゃない。でも、あえて言います。それくらいひどいことされているんです。あいつらは人間じゃないから今すぐ消えろってね。誤解してほしくないですが「クソ」レーシック医師ですよ。レーシックを行っている医師にもいい人はいますからそういう方へのメッセージじゃないです。心当たりのあるクソレーシック医師は今すぐ私の代わりにシャッターを閉めて走るのをやめてね!☆

 

 本日に関しましては、こんな読むに堪えない愚痴記事を最後までお読みいただき、焼き土下座をしても感謝の気持ちが表せないほどです。毎度ありがとうございます。では失礼します!